2016年9月13日火曜日

高橋のぶ子「私が愛したトマト」  (認知症)


私が愛したトマト(ものものがたり 4) (Kindle Single) Kindle版
高樹 のぶ子  (著)

 《本文より》


 おばあちゃん、九時一〇分の時計を描いてみて、と言われて適当に描いたとき、みんながぞっとした顔で黙った。その気になれば九時一〇分だって十時八十分だって描くことができる。でもそんなこと、どうでも良いことだ。


Amazon Kindle unlimited登録されている本 (2016/9/13日読了)



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時計の描写テストは、アルツハイマー型認知症のスクリーニングで、よく使われるのだそうです。語り手である「おばあちゃん」が、どのような時計を描いたのかは分かりませんが、家族が「ぞっとした顔で黙」るほどの何かが、その絵にはあったはずです。

彼女の脳内では、過去の記憶が異様なほどの質感を持って鮮明になり、日常と見分けがつかないほどのリアルさでよみがえるかわりに、現在の家族関係などは、どんどん意味を成さなくなっているようです。


研究に没頭して家族を捨てた父親と、トマト。

その父親と面影の重なる恋人を、深く傷つけてメキシコに追いやったあとに残された、トマト。

別れた恋人の元カノであり、自分の友人でもある女性との微妙な敵意を交わし合う再会と、トマト。

人生の要所に、毒性を含んで出現するトマトを、過去の男たちの肉体を粉砕して作った肥料で育てながら、死に向かっていく彼女は、若いまま老いさらばえて、まだ生きているのにこの世のものとは思えない不気味な存在になっています。

短い作品なのに、不気味さは長編分ほどもありました。











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