2016年9月13日火曜日

南 潔 「質屋からすのワケアリ帳簿」  (記憶喪失)

~大切なもの、引き取ります。~ 上 
(マイナビ出版ファン文庫) Kindle版

南 潔 (著), 冬臣 (イラスト)






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《本文より》

「ああ。でも、陽子ちゃんを生んですぐに死んじまった」


鶴野の言葉が過去形であることに気づいたときにだいたい予想はついていたが、こうしてはっきり言葉にされると、なんとも言えない気持ちになる。

「もともと身体が弱い子だったんだ。その上、難産でなあ。子どもを腕に抱くことなく逝っちまって……本当にかわいそうだった」

「ましろさんの記憶は、最後まで戻らなかったんですか?」
「何度も治療を試みたが、無理だった。本人が、思い出すのを心のどこかで拒んでるようでな」

思い出すのを拒むとは、どういうことだろう。

「ましろさんが記憶喪失になったのは、川でおぼれたことが原因なんでしょう?」
「いいや。記憶喪失ってのは、身体に衝撃を受けるよりも、心に衝撃を受けてなることの方が多いんだ。ましろさんも大きな怪我はしてなかった。きっと記憶をなくす前に、何かあったんだろう。


Amazon Kindle Unlimited登録作品。(2016/9/11)

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(以下、ネタバレありです)

現代日本が舞台のファンタジー作品。

上の引用部分には名前が出てこないけれど、鶴野の話の聞き役になっている女性が、主人公の千里。彼女には、触れた物から過去の出来事を透視するという、特殊な能力があります。

この人が、とんでもなく不運な人でした。

千里の両親は、娘の人外な能力を嫌って育児放棄。その後さっさと他界。

唯一の肉親である叔父は、千里の貯金を全額奪って夜逃げ。

勤め先は、上司に横領の濡れ衣を着せられてクビ。

再就職がままならず、お金に困って、たまたま飛び込んだ質屋の烏島(からしま)に、能力のあることを見抜かれ、そのまま質屋で雇われることになるのですが、この質屋が普通の質屋ではなく、千里は何度も命を落としかねない事件に巻き込まれることになります。


上の引用箇所にでてくる「ましろ」という女性は、地元のいかがわしい神社が古くから秘密裏に行ってきた、人柱の儀式に巻き込まれた被害者でした。

ましろは儀式で川に沈められたあと、なんとか逃げ出して、鶴野という医師に救われたのですが、その時点で記憶喪失となっていて、自分がどんな被害にあったのか、思い出せないまま、陽子という娘を産み落として、亡くなります。

その陽子は、すでに成人して、地元の名家の使用人として働いていたのですが、実の母親の素性を探るうちに、何らかの事件に巻き込まれて、行方不明になってしまいます。

その陽子を姉のように慕っていた、名家の息子が、質屋の烏島(からしま)に捜索依頼を出したため、質屋で働くようになた千里が、自分の能力を使いながら、息子と一緒に陽子の手がかりを探すことになり、お産のときに陽子をとりあげた医者の鶴野を尋ねてきて、上の場面となったのでした。(長い説明)


物語の世界では、実に頻繁に出てくる「記憶喪失」ですが、事故による脳の損傷ではなく、極度の精神的ストレスによって、人生の全エピソードの記憶を失うという事例が、現実にそんなにたくさんあるものなのか、ちょっと疑問ではあります。というか、頻繁にないほうがいいですね、そんなこと。(´・ω・`)


けれども、PTSDについて調べていると、精神が堪えきれないほどの経験をしてしまうと、その記憶だけ、思い出せなくなるという症状があるといいます。

ましろさんは、おぞましい因習のせいで筆舌に尽くしがたい虐待を受けていますので、記憶がなくなっていなければ、とてもお産するまで生きていられなかったようにも思います。脳は、その人の人生を守るために、自ら壊れることもあるのかもしれません。


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