2016年9月28日水曜日

羽海野チカ 「3月のライオン 」 (ネフローゼ症候群)


3月のライオン 6 (ジェッツコミックス) Kindle版

羽海野チカ  (著)            Amazonで見る


3月のライオン6
プロ棋士の世界を描いた物語ですが、テーマとなっているのは、さまざまな宿命を背負って生きる、孤独な魂の持ち主たちの姿ではないかと思います。


主人公の少年、桐山零は、なんとなく羽生善治を思わせる容貌と、天才的な将棋の気質を持つ、孤独な生い立ちの少年です。

零の両親はすでに亡く、プロ棋士の養子となって育ちますが、養父の実の子どもたちとは比べものにならないほど才能があったために、家庭崩壊の原因となってしまいます。

恩義ある養父の家庭を傷つけたことは、大きな負い目となって、零を苦しめつづけ、強い自己否定の要因となっていきます。


そんな孤独な零を見いだして、「心友」「ライバル」を自ら名乗って出たのが、六巻目の表紙になっている少年、二海堂晴信です。


二海堂は、身体がとても弱く、常に保護され、手厚く守られながら、将棋の世界に生きていましたが、この六巻では、とうとう対局の会場で倒れ、入院となってしまいます。



将棋の世界に詳しい方であれば、彼のまんまるな容貌から、すぐに連想される病名があるのではないかと思います。




■ネフローゼ症候群




かつて、この病気と戦い続けた、村山聖という天才棋士が、実在していました。

五歳でネフローゼ症候群を発症し、長い入院生活のなかで将棋を学び、17歳でプロに。
そして、1998年8月、29歳で、膀胱癌のために亡くなっています。



私は将棋にはまったく詳しくないのですが、村山聖九段が亡くなった1998年に、彼についての情報を、これでもかというほど、見ることになります。


なぜかというと、1998年の7月、つまり村山九段が亡くなる1ヶ月前に、私の長女が、ネフローゼ症候群を発症したからです。


当時、長女の病気についての情報を集めるために、インターネットをはじめたのですが、「ネフローゼ症候群」で検索すると、村山聖さんの名前が必ず出てきました。




ネットで伝え聞く、その壮絶な人生は、同じ病気の子どもを持つ親の心に、楔のように突き刺さり、焼きつき離れませんでした。



ネフローゼ症候群では、対症療法として、ステロイドの大量投与が行われます。

ステロイドは非常に副作用の強い薬で、投与期間が長引くと、容貌が激変します。

村山聖さんや、「3月のライオン」の二海堂の、あの特徴的な丸くずんぐりした、独特の顔立ちは、ステロイドの副作用によるものだと思われます。




村山九段にイメージの重なる、二海堂少年は、いつ発症するかわからない難病を背負いながら、プロ棋士としての過酷な人生を歩んでいます。

身体の限界と、棋士としての限界を常に意識しなくてはならない生活なのに、「心友」である零の孤独を思い、ともに育っていくことを願う様子に、人としての器量の計り知れない大きさを感じさせます。

架空のキャラクターではありますが、長生きしてほしいと、心から思います。



















「物語の中の病気」索引








2016年9月27日火曜日

松井優征「暗殺教室 21」 (脳腫瘍)


暗殺教室 21 (ジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版  マンガ


松井優征 (著)                     Amazonで見る





完結巻です。殺せんせい、最愛の生徒たちに暗殺されて、みんなを幸せにして、消えていきました……。


その泣けてしかたがないラストのあとに、生前の殺せんせいの休日を描いた、短編作品が収録されています。

そのお話に出てくる梓(あずさ)という女性が、助かる見込みのない脳腫瘍をわずらっていました。


彼女は愛娘の未来を守るために、殺せんせいの暗殺による賞金獲得を狙って、自爆攻撃を試みますが、失敗。

その報復措置として、殺せんせいは、梓の脳腫瘍を麻酔なしで完全除去し、完治させてしまいます。殺せんせいは、教え子の命を守りきるために、外科手術を極めていたのでした。


■脳腫瘍

物語の世界ではよく出てくる病気ですが、実際の発生頻度は、10万人に12人くらいなのだと、ウィキペディアに書いてありました。


日本女性の16人に1人が罹患するという、乳がんと比べると、とても少ない病気なのだなと感じます。

いろいろな作品で、絶望の代名詞のような形で取り上げられるために、治りにくい病気であることは、よく知られています。


暗殺教室の梓は、医師に余命宣告されていて、経済的な問題もあり、治療は諦めた状態でした。






この人は、もしも殺せんせいに出会わなければ、爆死していたはずでした。



脳腫瘍治療の厳しい現実について書かれた書籍としては、かつて紙の本で、次の二冊を、読んだことがありました。


岩田隆信『医者が末期がん患者になってわかったこと』

岩田 隆信, 岩田 規子
『続・医者が末期がん患者になってわかったこと―家族の闘いと看護の記録 』



強い苦痛のなかで、生きようとする気持や、家族との絆のありかたを、極限まで試される病気…そういう印象でした。



助からない病気…というイメージが非常に強かったのですが、次のような事例もあるのだそうです。


漫画【脳神経外科医との会話】
http://usagi421.web.fc2.com/manga4.html


殺せんせいがいない世界でも、家族による渾身の戦いが、悪性の脳腫瘍の進行に打ち勝つこともあるのだと、教えられました。(患者である男性の奥様が、とてもかっこいい…)












「物語の中の病気」索引




池田 さとみ「辻占売」 (先天盲)(盲目)


辻占売: (1) (ぶんか社コミックス) Kindle版  マンガ


池田 さとみ (著)  Amazonで見る




占い師の閑と、生まれつき目の見えない未信。

時空を超えて真実を見通す、未来予知の能力を持つ二人が、普段通りの街の中で起きている、ごくありきたりな人の不幸や、心の歪みにふれて、そこにほんの少し、光を当てていきます。



(2016/9/26の時点で、この書籍はKindle unlimitedに登録されています)





読み放題のリストで見かけて、読んでみた作品です。

一つ一つが読み切りの物語になっています。
少し悲しい、暗いお話が多いですが、不幸な境遇にある登場人物たちは、閑や未信に出会うことで、ゆがんだ場所から逃れ、光のあたる人生を手に入れることができます。

あ、でも、例外もあります。

ごみ処理場の環境汚染で死に絶えてしまった、とある生き物たちは、一瞬の命の輝きのあと、あの世へ旅立ち、汚染を隠蔽しようと目論んでいた市長は、怪死を遂げました。(´・ω・`)



■先天盲


生まれつき、もしくはごく幼いうちに視力を失って、視覚記憶を持たない状態のことを、先天盲というのだと、今回、この作品を読んで調べたことで、はじめて知りました。


作中の未信は、盲目であること自体ではなく、生まれつき持っていた未来予知という能力のために、親に無理心中を仕掛けられ(親だけ死亡)、周囲に気味悪がられるなどして、窮地に追いやられていきます。



未信の能力は、盲目であることを代償として得られたものかどうかは、一巻を読んだ限りでは分かりませんが、作中では、そのような印象を与える描写がされています。

重い障害を持つがゆえに、特別な力を得るということは、先天的な障害にまつわる伝承のなかで、繰り返し語られていて、その伝承の積みかさねによって、そうした考え方に説得力が生まれているように思えます。

このことはまた、古今東西の、障害を持つ子どもの親が、無意識に願うことであるかもしれません。


私も重度の障害児の親ですので、そのような思いは理解できるように思います。


そしてときどき、そうした子供たちは、奇跡かもしれないと思えるような「何か」を見せてくれることが、実際にあります。必ずしも超能力ではなくても、その子がそこにいることで、かけがえのない出来事に出会うということは、現実に、確かにあります。

















2016年9月24日土曜日

沖田 ×華・君 影草 「はざまのコドモ」 (広汎性発達障害・睡眠相遅延症候群)

はざまのコドモ 息子は知的ボーダーで発達障害児 Kindle版 マンガ
沖田 ×華  (著), 君 影草 (その他)

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乳児のころから睡眠に問題を抱え、親がヨレヨレになっても全く寝てくれないコドモ。


育ち方にも、行動にも、問題が山ほどあるのに、明確な診断が出なくて、「様子を見ましょう」「育て方のせいでは?」といわれてしまうコドモ。

普通学級への適応が難しいのに、知能が高くて療育手帳をもらえないため、支援学校を選択できず、行き場を失ってしまうコドモ。




一気に読む途中、何度となく怒髪天状態になりました。



「何このバカ教頭!? 自分の業績に傷がつくから発達障害の子を学校から追い出すとか、氏ねばいいんじゃない?!」


「担任クソすぎ! 気に入らない児童をあからさまに脅迫するとか、この世にいらんわこんな人材!」


「ヤブ医者ゴルアぁぁぁ! 自分の無能タナに上げて、こんなに頑張ってる母親に責任負わすなあああああっ!!」





他人事ではない話ばかりでした。(´;ω;`)



ええと、我が家には、発達障害児が三人おります。


実行機能障害、解離性障害といわれる問題を抱える、長女。(20歳)

横綱級の重度広汎性発達障害の息子。(18歳)

診断名は広汎性発達障害だけど、ADHDに近い問題を抱えていて、投薬を受けている末っ子(11歳)。


(あ、うちのコドモたちの詳しい話とか日記とかは、別のブログ「だっきたんぐる」に書いてます)



三人のうち、最も障害が重くて生活が大変なのは、息子です。

自立できる部分が少ないので、24時間、ほとんど目を離すことができません。つねに介助が必要です。一人で出歩くことはもちろん、留守番をすることもありません。つねに、誰かと一緒です。

家族の負担は、かなり大変ではあります。

けれども、支援学級、支援学校で大切に育てていただき、卒業後も、手厚い福祉サービスを受けることができて、毎日幸せそうに暮らしています。私自身、息子のことを、「苦労」と思うことは、もうほとんどありません。

もちろん息子の将来のことは、胃がちぎれるほど心配ですけども、いろいろな手立てを考えて努力しようと思える程度には、生活にも精神的にも、余裕を持つことが出来ています。

なにしろ、横綱級の障害児、しかも自閉傾向バリバリですから、周囲が障害を理解しない、などということが、あり得ません。

無理解による差別に遭遇することがあっても、福祉行政や障害児教育の世界では、主役ド真ん中な存在ですから、居場所がちゃんとあるのです。



それに対して、長女と末っ子の障害は、かなり微妙な難しさ、困難さがつきまといました。


末っ子が、集団適応の難しい子だということは、幼稚園に入る前から、薄々分かってはいました。

けれども、知能の発達に目立った問題がなく(…問題どころか、2歳になるまえに、ひらがなを覚えはじめて、周囲を驚愕させました)、自閉傾向も全くありませんでしたから、療育の必要も感じないまま幼稚園を終え、小学校に入学させてしまいました。


その結果、小学校入学1週間で、クラスへの適応が困難となり、保健室登校開始。
担任の先生の尽力もあって、なとんか教室に戻れるようになったものの、宿題は全くできず、提出物、持ち物の管理もかなり難しく、親がすっかり頭を抱える状態になりました。

できなかった宿題、出せなかった提出物に、びっしりと付箋を貼られて、返されてくる日々…。

担任の先生には、何度となく相談しましたが、

「でも、もっと大変な子も、いますから」
「そんなに問題ではないと思うんですよ」


といった答えが返ってくるばかり。

現実に子どもが苦しんで、困っているのに、「たいしたことはない」と言われてしまう苦痛。

手探りではあれ、できる限りの手を尽くした上で、相談していて、そう言われてしまうと、どうしようもありません。


問題ないなら、なぜ宿題ができないのか。

なぜ教室で全く声が出せず、クラスメートにいじめられつづけるのは、「たいしたことはない」問題なのか。

どうして、「たいしたことはない」はずなのに、学校に行くのを猛烈に怖がり、宿題をさせようとすると、死にそうなほど号泣して、断固拒否しつづけるのか。


結局、息子が幼児のころから御世話になっている療育教室の先生に相談して、末っ子も療育を開始。その後、病院で広汎性発達障害の診断をいただいて、ADHDの治療薬を処方してもらい、学校での適応の問題は、劇的に改善しました。


長女の発達障害が分かったのは、とても遅く、20歳になる直前でした。
親はもちろん、本人も、自分が抱えつづけていた困難に気づかないまま、ひたすら耐え続けていたのです。

せめて親が、もっと早くに気づいていたら……

でも、末っ子の場合と同様、親が問題意識を持って学校に出向いても、おそらく何の解決にもならなかっただろうと思います。長女は発達障害とは別に、難病も抱えていて、発病するたびに長期欠席となってしまっていましたが、それについても、義務教育の学校は、基本「放置」でした。

長女のことも、息子の通っていた療育教室の先生に相談し、いまも御世話になっています。


もしも、息子の療育の先生との出会いがなかったら……私も、「はざまのコドモ」のお母さんのように、孤立状態のなかで、いまも苦しみつづけていたかもしれません。




あ、作中の教頭のような人は、残念ですが実在します。
うちも、似たようなことがありました。校長先生に呼ばれて、いきなり息子を転校させろと言われたのです。

そのときに校長室で言われたセリフを忘れられません。


「こういう子っていうのはね、学年があがってくると、物覚えにくくなって、固まっちゃうんだよね。早く移ったほうがいいんですよ」



それでも、なんとか話し合って、在籍を続けさせてもらい、息子は仲間たちと一緒に立派に卒業することができましたけれども、心のなかには、強い痛みが残りました。


当時描いた、校長先生の似顔絵(?)に、そのころの気持がよく現れている気がします。










本の紹介から思いっきり脱線しましたが……


「はざまのコドモ」は、学校や、障害児教育に関係する、多くの方々に、読んでもらいたい漫画作品です。


これ以上、「はざま」の暗黒のなかで、苦しみ続ける親子が生まれてしまわないためにも。



本書は、2016/09/24 現在、Kindle unlimitedに登録されています。定額読み放題です。




















「物語のなかの病気」索引




だんだん種類が増えてきましたので、索引っぽいページを作っておくことにしました。

とりあえず、アルファベット順、五十音順に並べます。



【A~Z】

PTSD


【あ行】

異常分娩(いじょうぶんべん)


【か行】

火傷(かしょう)

記憶喪失(きおくそうしつ)

結核(けっかく)

広汎性発達障害



さ行】


色覚異常(しきかくいじょう)

子宮内膜症(しきゅうないまくしょう)

醜形恐怖(しゅうけいきょうふ)

腎臓病

すい臓がん(すいぞうがん)

睡眠相遅延症候群

先天盲




【な行】

ニキビ(にきび)

認知症(にんちしょう)

ネフローゼ症候群

捻挫(ねんざ)

脳腫瘍



【は行】

蜂刺症(はちししょう)

吹き出物(ふきでもの)



【ま行】

味覚障害(みかくしょうがい)


盲目


【ら行】





もっと増えてきたら、種類別も考えてみますが、まだまだ先の話になりそうです。



岸本景子・スーザン・フォックス 「仮面の妖精」 (蜂刺症)

仮面の妖精 (ハーレクインコミックス) Kindle版 マンガ

岸本景子 (著), スーザン・フォックス (著)   Amazon



《内容》

牧場の共同経営者としてやって来た、ハリウッドスターのゾーイには、ある目的がありました。まだ会ったことのない実の両親を、自分のために引き起こされるスキャンダルから守りたい…そのために、自分をいつわり、本心を隠して牧場に溶け込もうと腐心します。けれども牧場主のJ・Dは、そんなゾーイが何かを隠していることを直感し…






はい。またしてもハーレクインです。すみません。(^_^;
しかもコミック。

ストレスが溜まったときに、どかっと読んで、くわーーっと腹をたてて、ハッピーエンドにスカッとする……というのが、なんか、クセになってしまっています。とほほです。orz


こうなったら、読んだことのあるハーレクイン作品全部から病気を抽出して、ここに書いていこうかと。

世の中に、そんな記事のニーズがあるのかどうか、わかりませんけども、書いている私は間違いなく満足すると思うので、いいことにします。


 (* ̄ ̄ ̄ ̄ー ̄ ̄ ̄ ̄)


さて、「仮面の妖精」のヒロイン、ゾーイは、牧場にやってきて、生まれてはじめて、自分の血縁者、肉親に出会うことになります。


最初に会ったのは、妹と弟。
養父母に精神的虐待を与えられつづけて、深い心の傷と孤独を抱えて生きてきたゾーイにとって、まだ幼さの残る弟妹は、出会った瞬間から、何にも代えがたい大切な存在になりました。


その弟が、ヤンチャな遊びをしていて、スズメバチの巣をたたき落としてしまいます。
ハチの群れに襲われそうになった弟をかばって、ゾーイがハチに何カ所も刺されてしまうのですが、そばで見ていた牧場主のJ・Dが、即座に手当して、病院に運んでくれるのでした。




蜂刺症



ハチ刺されのことを、専門用語では、蜂刺症」というのだそうです。


(ウィキペディアの「虫刺症」のページより)


日本では、毎年数十人の人が、ハチに刺されたことで亡くなっているそうです。

今年は、クマの襲撃による死亡者が出ていて、大問題になっていますが、ハチによる死亡事故のほうが、それよりもはるかに多いということは、あまり知られていないようです。

死因は、ハチに刺された傷そのものではなく、アナフィラキシーショックによるものがほとんどだとのこと。


小学校などの遠足で、ハチに刺されないような服装をするようにと、毎回、注意のプリントを配布されます。黒い服装を避けて、白っぽいものを身につけるようにと、必ず指示があります。


都会では、なかなかスズメバチを見ることも少なくなっていますが、登山などをするときには、決しておろそかに考えてはいけないと、改めて思いました。


・・・・・


「仮面の妖精」のゾーイは、何カ所もスズメバチに刺されてしまい、大変な苦しみを経験してしまいました。

けれども、適切な治療をすばやく受けることができたため、命に別状はなく、その後、牧場主のJ・Dをはじめとした仲間たちとも、深く心が通じ合い、幸せを手に入れることになります。


それにしても、過酷な試練ではありました。( ̄。 ̄;)









2016年9月20日火曜日

スーザン・メイアー・岸本景子「失恋の赤い薔薇」 (色覚異常)

失恋の赤い薔薇 富豪三兄弟の秘密 (ハーレクインコミックス) Kindle版

岸本景子 (著), スーザン・メイアー (著)   Amazon

















前回に引き続き、またハーレクインか、と言われそうですが……このジャンル、病気を取り扱うお話が、とても多いようなのです。

ヒロイン本人や、その家族が、重大な病を抱えていて、そのためにヒーローとの関係に亀裂が入ったり、逆に深い縁で結ばれたり。


「失恋の赤い薔薇」では、ヒロインのホイットニーが、重い色覚異常を抱えているという描写があります。彼女はかつて、鬱病の夫と、乳児だった娘を、事故で失っています。そのつらい出来事のあとから、視界から色が失われてしまい、モノクロームの世界しか見えなくなったと説明されています。


その後ホイットニーは、ある男性(表紙の左側にいる人)と協力して、亡き友人夫妻の遺児を育てるうちに、過去から少しづつ解放され、世界の色を取り戻していくことになります。


……


心因性の視力低下や、色覚異常は、現実世界でも決してめずらしくないそうで、学校の眼科検診で指摘されて、眼科を訪れる子どもたちも、少なくないのだと聞いたことがあります。


この日記を書くために調べていて、はじめて知ったのですが、そういう患者さんを診るための心療眼科もできているのだとか。


私自身、身体の調子を大きく崩す前に、目の疲れが酷くなることが多いです。
目の異常を軽く考えないようにしたいと思います。











2016年9月19日月曜日

「友情の証……愛の証」 (子宮内膜症)


「友情の証……愛の証」
中村敦子 (著), ミシェル・ダグラス (著)  Amazon


ヒロインのメグは、持病の子宮内膜症の症状が重くなってきたため、1日も早い妊娠を臨んでいました。父親に愛されず、つらい思いを抱えて育ったため、自分はあたたかな家庭をつくりたいと望んでいたからです。

けれどもメグの愛するベンは、幼少時に、唯一の肉親であるネグレクトされていたトラウマから、家庭を持つことを極度に恐れて、世界中を旅する生活に明け暮れています。

それでも、自分の子どもの父親として、ベンしか考えられないメグは、人工授精による精子提供を、ベンに依頼します。

メグの病気を理解しているベンは、生物学的な父親になることについては同意しますが、親としての責任を負うことと、家庭を作ることは拒否。メグは傷つきます。

そんなとき、二人のトラウマの元凶である、メグの父とベンの祖母が、あろうことか恋に落ち、結婚することになります。


育児放棄で子どもたちを苦しめた張本人の結婚話と、ラブラブなありさまに、メグとベンは複雑な思いを隠せません。やがてそれは爆発し、四人それぞれが、蓋をして目をそらしていた過去の感情が、一気に晒されることになります…。



……


作中、メグは病気について、次のように語っています。


「お医者さまから、不妊症になる可能性があると言われたの」

「実は妊娠すると、子宮内膜症の症状が出なくなるのよ。しかも出産で治る可能性もあるの」


子宮内膜症は、不妊と深い関係にあるといわれています。

子宮内膜症の原因となる組織は、エストロゲンというホルモンの作用によって増殖したり剥離したりして、症状を悪化させていきますが、妊娠でエストロゲンが分泌されなくなると、症状の悪化が止まるのだそうです。

子宮内膜症による不妊の可能性が、結婚する気の全くないベンに対して、一か八かのアプローチをする勇気の原動力になったのだと思います。

ということは、もしもメグの子宮内膜症が悪化しなかったなら、この二人は一体どうなっていたのか…。


メグはベンを諦めて、もっと無難な結婚相手を探していたかもしれませんし、ベンも結局家庭に寄りつかないまま、一生を終えることになったかもしれません。


つらい病気ですが、この物語の中では、運命を好転させるきっかけになったと言えそうです。








2016年9月14日水曜日

京極 夏彦・志水 アキ「姑獲鳥の夏(1)」  (異常分娩)

姑獲鳥の夏(1) (カドカワデジタルコミックス) Kindle版

志水 アキ  (著), 京極 夏彦 (その他)    Amazonで見る




《本文より》

「うぶめってのは 慥かお産で亡くなった人の幽霊だろ?」
「いや、幽霊とは違うよ。これはお産で死んだ女の無念という概念を形にしたものだ。幽霊でない証拠に、個人に祟ったりしないし、だいいち恨めしいといった顔付きじゃないだろ」
「ああ慥かに。お産で死んだ女の無念の形なんて言われても……形のないものだから能く解らないな」
「しかし僕等は心をハートで表すぜ? 心だって像ではないのに、あの形を見ればその概念を理解できるじゃないか」


Amazon Kindle 期間限定お試し版(2016/09/14読了)



原作小説も読んでいますが、マンガ化されて「お試し版」になっているというので、さっそくダウンロードして読んでみたら、ものすごく読みやすく、面白くて……続き(もちろん有料)を読みたくなってしまい、大変困っています。(´;ω;`)


原作も、もちろん文句なしに面白かったんですけど、なにしろ長いんですよね、京極堂のウンチクが…。いやそれが魅力ではあるんですけども、あまりにも話が長いので、人物の魅力とか、人間関係の緊張感とかに、ワクワクドキドキする前に、大学の連続講義で脳と耳が疲労困憊したのと似たような気分になってしまうというのが、なんともはや。

マンガでは、京極堂の凄みや中善寺のキレッぷり、そして関口の、凡庸なのに何かがズレて、常軌を逸している雰囲気が、よく表現されています。

さて、この第一巻目では、関口が久遠寺家のゴシップを持って京極堂の家に話し込みにくる場面から、久遠寺家の長女である涼子が、中善寺の探偵事務所に依頼にきたところまでが描かれています。

そこで語られるのは、久遠寺家の次女、梗子が、夫の失踪前後から、20ヶ月にも渡って妊娠し続けているという状況です。

通常、人間の胎児はそれほど長く胎内に留まることは不可能と言われています。出産時期を過ぎてしまうと、胎盤が劣化し、生命維持が出来なくなるのだそうです。

極めて例外的な事例として、妊娠期間が1年を超えて無事に出産する場合も、世界にはあるのだそうですが、あまりにも長期にわたって出産とならない状況では、胎児が石灰化しているなど、特殊な状態になっていることのほうが多いようです。そのあたりは、ネット検索すると、いろいろと具体的な症例が画像付きで見られるようですが……私は調べずに置くことにします。(´;ω;`)


上に引用したのは、京極堂と関口が、久遠寺家の話から脱線して、姑獲鳥という妖怪について語り合っている場面です。お産で命を落とした女性たちということで、具体的な病名、症例名が出てくるわけではありませんが、多くは、何らかの理由で引き起こされた難産、妊娠中毒症や産後の感染症、出血多量などで亡くなったのだと想像されます。

そうした異常分娩は、現代日本では本当に少なくなっているそうですが、お産が命がけであることは、いまも昔と変わりません。そして、お産にまつわる物語も、数多く生み出されてきています。












田中顕 「学研まんが スティーブ・ジョブズ」 (すい臓がん)

学研まんが NEW世界の伝記1 

スティーブ・ジョブズ Kindle版

田中 顕 (著)


 ジョブズは以前からじん臓に問題があったため、CTスキャンをとった。じん臓には問題がなかったが、すい臓にかげがあるという結果が出たため、すい臓の検査をすすめられた。ジョブズははじめ、これを無視していたが、医師があまりにも真剣にすすめるので、しぶしぶしたがった。

「ジョブズさん。すい臓にがんが見つかりました。しかし,見つかったのが早いので、手術で取りのぞけそうです」

しかしジョブズは手術をこばんだ。



Amazon Kindle unlimitedに登録された書籍 (2016/09/13読了)

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すい臓は、他の臓器に囲まれているため、がんの早期発見が難しく、生存率が低いという話を、がんについて書かれた本で読みました。見つかったときには、手術できない状況になっていることも多く、手術できると言われるのは幸運だという考え方もあるとのこと。

ジョブズは、その幸運を、自らの意志で逃がしてしまったことになります。

テレビのドキュメンタリー的な番組や、他のマンガ作品などで、妥協のない苛烈な生き方をした人だというのは知っていましたが、このマンガ作品を読んでいても、ジェット気流のように生き急いだ印象があって、読後、なんだかぐったり疲れました。子ども向けのマイルドなマンガになっても、暴風雨みたいな人なのですから、リアルで彼の周囲にいた方々は、さぞかし、大変だったろうなと……。



もしも、初期のうちに手術を受けていたなら、いまごろ、iPhoneやiPadは、もっとものすごいモノになっていたのでしょうか。

我が家には、iPhnoeが二台、iPadが三台あり、全部フル活用されています。
いまでも十分に驚きですが、これ以上となると……もはや想像がつきません。(´・ω・`)










2016年9月13日火曜日

高橋のぶ子「私が愛したトマト」  (認知症)


私が愛したトマト(ものものがたり 4) (Kindle Single) Kindle版
高樹 のぶ子  (著)

 《本文より》


 おばあちゃん、九時一〇分の時計を描いてみて、と言われて適当に描いたとき、みんながぞっとした顔で黙った。その気になれば九時一〇分だって十時八十分だって描くことができる。でもそんなこと、どうでも良いことだ。


Amazon Kindle unlimited登録されている本 (2016/9/13日読了)



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時計の描写テストは、アルツハイマー型認知症のスクリーニングで、よく使われるのだそうです。語り手である「おばあちゃん」が、どのような時計を描いたのかは分かりませんが、家族が「ぞっとした顔で黙」るほどの何かが、その絵にはあったはずです。

彼女の脳内では、過去の記憶が異様なほどの質感を持って鮮明になり、日常と見分けがつかないほどのリアルさでよみがえるかわりに、現在の家族関係などは、どんどん意味を成さなくなっているようです。


研究に没頭して家族を捨てた父親と、トマト。

その父親と面影の重なる恋人を、深く傷つけてメキシコに追いやったあとに残された、トマト。

別れた恋人の元カノであり、自分の友人でもある女性との微妙な敵意を交わし合う再会と、トマト。

人生の要所に、毒性を含んで出現するトマトを、過去の男たちの肉体を粉砕して作った肥料で育てながら、死に向かっていく彼女は、若いまま老いさらばえて、まだ生きているのにこの世のものとは思えない不気味な存在になっています。

短い作品なのに、不気味さは長編分ほどもありました。











南 潔 「質屋からすのワケアリ帳簿」  (記憶喪失)

質屋からすのワケアリ帳簿 ~大切なもの、引き取ります。~ 上 
(マイナビ出版ファン文庫) Kindle版

南 潔 (著), 冬臣 (イラスト)




《本文より》

「ああ。でも、陽子ちゃんを生んですぐに死んじまった」


鶴野の言葉が過去形であることに気づいたときにだいたい予想はついていたが、こうしてはっきり言葉にされると、なんとも言えない気持ちになる。

「もともと身体が弱い子だったんだ。その上、難産でなあ。子どもを腕に抱くことなく逝っちまって……本当にかわいそうだった」

「ましろさんの記憶は、最後まで戻らなかったんですか?」
「何度も治療を試みたが、無理だった。本人が、思い出すのを心のどこかで拒んでるようでな」

思い出すのを拒むとは、どういうことだろう。

「ましろさんが記憶喪失になったのは、川でおぼれたことが原因なんでしょう?」
「いいや。記憶喪失ってのは、身体に衝撃を受けるよりも、心に衝撃を受けてなることの方が多いんだ。ましろさんも大きな怪我はしてなかった。きっと記憶をなくす前に、何かあったんだろう。


Amazon Kindle Unlimited登録作品。(2016/9/11)

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(以下、ネタバレありです)

現代日本が舞台のファンタジー作品。

上の引用部分には名前が出てこないけれど、鶴野の話の聞き役になっている女性が、主人公の千里。彼女には、触れた物から過去の出来事を透視するという、特殊な能力があります。

この人が、とんでもなく不運な人でした。

千里の両親は、娘の人外な能力を嫌って育児放棄。その後さっさと他界。

唯一の肉親である叔父は、千里の貯金を全額奪って夜逃げ。

勤め先は、上司に横領の濡れ衣を着せられてクビ。

再就職がままならず、お金に困って、たまたま飛び込んだ質屋の烏島(からしま)に、能力のあることを見抜かれ、そのまま質屋で雇われることになるのですが、この質屋が普通の質屋ではなく、千里は何度も命を落としかねない事件に巻き込まれることになります。


上の引用箇所にでてくる「ましろ」という女性は、地元のいかがわしい神社が古くから秘密裏に行ってきた、人柱の儀式に巻き込まれた被害者でした。

ましろは儀式で川に沈められたあと、なんとか逃げ出して、鶴野という医師に救われたのですが、その時点で記憶喪失となっていて、自分がどんな被害にあったのか、思い出せないまま、陽子という娘を産み落として、亡くなります。

その陽子は、すでに成人して、地元の名家の使用人として働いていたのですが、実の母親の素性を探るうちに、何らかの事件に巻き込まれて、行方不明になってしまいます。

その陽子を姉のように慕っていた、名家の息子が、質屋の烏島(からしま)に捜索依頼を出したため、質屋で働くようになた千里が、自分の能力を使いながら、息子と一緒に陽子の手がかりを探すことになり、お産のときに陽子をとりあげた医者の鶴野を尋ねてきて、上の場面となったのでした。(長い説明)


物語の世界では、実に頻繁に出てくる「記憶喪失」ですが、事故による脳の損傷ではなく、極度の精神的ストレスによって、人生の全エピソードの記憶を失うという事例が、現実にそんなにたくさんあるものなのか、ちょっと疑問ではあります。というか、頻繁にないほうがいいですね、そんなこと。(´・ω・`)


けれども、PTSDについて調べていると、精神が堪えきれないほどの経験をしてしまうと、その記憶だけ、思い出せなくなるという症状があるといいます。

ましろさんは、おぞましい因習のせいで筆舌に尽くしがたい虐待を受けていますので、記憶がなくなっていなければ、とてもお産するまで生きていられなかったようにも思います。脳は、その人の人生を守るために、自ら壊れることもあるのかもしれません。



記憶喪失の出てくる本
















2016年9月12日月曜日

平野啓一郎「マチネの終わりに」  (PTSD)

マチネの終わりに Kindle版

平野啓一郎  (著)    Amazonで見る







 《本文より》







「あなた自身が『制御不能』になりますよ。PTSDの兆候はあります。その現実を過小評価しないでください。わたしは、まだあなたがバグダッドにいること自体、どうかしてると思ってますよ。あなたが、『過労死』の国の人間だからですか? 心も体もボロボロになって、この先何年も仕事ができなくなっていいんですか?」

 二度目のバグダッド取材への自分の過剰な期待を、洋子は冷静に振り返った。それが不首尾に終わりつつある今、彼女は、未来に漠然とした、暗いものを感じた。ジャーナリストとして、この先、何をすべきか? 二度のイラク取材の経歴は、間違いなく、社内での昇進を有利にするだろう。しかし、なぜかそれを、率直に喜ぶ気になれなかった。

 自分はあの時、もう一つだけ質問をしていたら、自爆テロに巻き込まれて死んでいた。たった一つ。----どうして自分はまだ、生きているのだろう?

Amazon 本書は16/09/12時点で、Kindle unlimitedに登録されています

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洋子のPTSDPost Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)の症状は、悲痛で過酷でした。

治安が最悪な状況にあったバグダッドに取材にいったことは、洋子自身の希望でしたが、それをせずにはいられない理由を、洋子の人生は抱えていました。なので、しかたのないことだったのかもしれません。

けれども、PTSDに加えて、悪意のある人間の陰謀で最愛の人と理不尽に引き裂かれ、失意のさなかにろくでもない相手とうっかり結婚してして出産、その相手が不倫の果てに離婚請求してくるというのは……作者、ちょっとサドじゃないかと思います。(´・ω・`)


小説の感想ですが……たぶん、よい恋愛小説なのだとは思います。

印象的なフレーズがふんだんにでてきて、心の中にいくら書き留めてもきりがないくらいでしたし、お互いの魂が沁み入るように交わっていく蒔野と洋子の出会いもよかったですし、いかんともしがたい戦争や社会構造と、個人の人生とのやりきりない関係についても、読み応えのがあるのに読みやすい文章で綴られていて、一気に読めましたし。


そして、もろもろの誤解や陰謀から絶望的に引き裂かれたあとで、再会し、お互いの愛情が昇華の時を迎えるラストも、納得できるものではありましたけれども。


洋子の元夫(&一族)と、蒔野の嫁。


この人々の、肥大した自己チューさと欺瞞が、作中の美しいものを全部相殺して、なお余りあるくだらなさを発散させていると感じられるため、おそらく二度と読む気にならない作品のリストに入ることになりそうです(´;ω;`)。


人間誰しも自分が一番大事でしょうし、愛する相手に自分が一番愛されたいと思うのも自然な気持ちでしょうけれども、そういう自分の我欲を押し通すために、最愛のはずの相手の気持ちを全く無視した暴挙に出る神経には、どうにも共感できません。


特に蒔野の嫁。
嫁になる前に、蒔野名義のウソの絶縁メールを洋子に送りつけて、二人を決定的に破局させるという、ちょっと信じられない反則技を使ったばかりか、罪の意識に屁理屈をつけて蓋をして、自分がちゃっかり蒔野と結婚した上、妊娠でダメ押しをするという、取り返しのつかないことをしてしまいます。

で、結局、罪の意識に堪えかねて、出産直前に事実関係を告白して、結局蒔野を苦しめるという、どこまで行っても自分のことしか考えていない振る舞いが、どうにも鼻について、ダメでした。


蒔野にもう少しだけ、人を見る目があったならと、思わずにはいられません。
職業的スランプに加えて、洋子との理不尽な破局に傷ついていたとしても、そして、いくら仕事のサポートをしてもらっていても、この人とだけは結婚してはいけなかったのに。


洋子のほうも同じです。
元夫のリチャードは、人間として、元から洋子と釣り合う相手ではありませんでした。洋子がPTSDで弱り切っているところにつけこんで結婚に持ち込んだくせに、子どもができた後に不倫して離婚をつきつけるという、実に天晴れなゲスっぷりですが、そういうリチャードを選んでしまったのは洋子自身です。


人生の肝心なところで妥協すると、トンデモないツケがやってくるのだという教訓を読み取るのは、この小説の読み方としては、間違ってると思うのでしませんが、こんな取り返しのつかない大間違い過去を読み替え、ろくでもない人々たちの存在意義すら良きものとして再構築し、結局お互いが最愛の相手であると確認した二人の今後はどうなるのか、小説は結局何も語らずに終わります。


その先のことは、読者が好きに想像していいと、作者ご自身がインタビューで答えている記事を読みました。


私としては、蒔野は嫁と離婚しつつも、子どもの養育は協力して行い、洋子とは生涯のパートナーとして、結婚せずに支え合いながら生きていくのではないかなと想像しましたが、やっぱり作品中で、全部ケリをつけてほしかったと思います。










・・・・

読後の翌日になっても、どうにも後味のよくなさが残る作品なので、ちょっと追記します。

(´・ω・`)


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《蒔野と洋子が出会った夜の会話》

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」

 陽子は、長い黒い髪を首の辺りで押さえながら、何度も頷いて話を聴いていた。

「今この瞬間も例外じゃないのね。未来から振り返れば、それくらい繊細で、感じやすいもの。……生きていく上で、どうなのかしらね。でも、その考えは? 少し怖い気もする。楽しい夜だから、いつまでもこのままであればいいのに」

 蒔野は、それには何も言わずに、ただ表情で同意してみせた。話が通じ合うということの純粋な喜びが、胸の奥底に恍惚感となつて広がっていった。彼の人生では、それは必ずしも多くはない経験だった。


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この場面には、のちに蒔野と洋子をウソのメールで破局させ、自分が蒔野の嫁におさまる女性もいますが、二人の話を全く理解できず、実に善良で無神経なコメントを繰り返し、そのまま泥酔して寝てしまいます。


ここの場面で語られていることは、のちの彼らの運命をすっかり予言しているようにも思えます。

過去の持つ意味合いは、たしかにその後の経験によって、さまざまに変化していく場合があります。

けれども、未来に何があっても自分のなかで変質することのない大切なものを、ちゃんと見抜いて、自分の命を守るのと同じだけの覚悟で、守り切ることさえできれば、蒔野と洋子は、本来自分たちが結ばれるべき相手を見失わずに済んだはずだったのではないか……ここのところを読み返して、そんな風に思いました。

この物語のなかで起きる、恋愛と結婚の惨憺たる失敗は、ある意味、そうやって引き起こされたのだと思います。なんだかほんとに、この二人、自分を大切にしない人々でした。


けれども、その取り返しのつかない過去をも、未来の在り方によっては、別の意味合いのものに変えていくことが可能なのだと、この場面は示唆しているのだろうと思います。

そんなふうに、過去に向かって啖呵を切って始まった物語であるのですから、たとえ描かれていなくても、二人の未来は幸せであるはずです。


ということで、いささか無理矢理納得して、最悪だった読後感を、スッキリしたものに書き換えることに成功したのでした。











雲田はるこ「昭和元禄落語心中(10)」  (火傷)

昭和元禄落語心中(10 (ITANコミックス) Kindle版


雲田はるこ (著)
 《作中セリフより》

あのヒトがいきてた事が なによりの幸いだよ
あんなふうに火傷をおっちゃあ
高座へ上がんのは
益々難しかろうが……

ここの大看板を長エ事一人で
背負ってくれたんだ
恩こそあれ 恨みなんざこれっぽっちも無エからな。

(八雲師匠臨終直前、寄席の火事が鎮火した直後の、席亭の台詞。)

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八雲はこのあと、意外なほどあっさりと、亡くなります。
死因は作中では明らかにされていませんが、火傷のせいではなく、老衰と、以前からの持病に命を奪われたように想像されます。

そこから八雲は、あの世へ行き、亡き助六夫妻と再会、そして三途の川のほとりで別れるまでは、どのシーンも圧巻で、胸がいっぱいになりっぱなしでした。(´;ω;`)


読了後、寄席の火事で、なぜ八雲が火傷を負わなくてはならなかったのかと、考えました。

寄席の火災は、八雲に魅了されて魂を取ろうとした死に神が引き起こした物だと、あの世の助六が説明しています。

その火事のなか、落語と心中する形で焼死しても悔いがなかったはずの八雲は、生きることを選び取り、残りわずかな寿命を全うすることになるのですが、火傷のために、もう二度と高座に上がる見込みはなくなります。

火傷は、落語を取らなかったことの代償なのか。
それとも、最期のひとときを、かけがえのない家族と共にあることを、ためらわないために、負わされたものなのか。

その両方であるようにも思われます。

もっとも火傷は、あの世に行ってしばらくすると、老衰や持病と一緒に、すっかり治ってしまうのですが。





2016年9月11日日曜日

町田康「真実真性日記」 (流行性感冒)

真実真正日記 (講談社文庫) Kindle版


町田康  (著)



《本文より》

 昨年末から流行性感冒が巷を席巻し、人中で咳をしている人も多いが、一日休めば忽ちにしてその日の米塩に窮するという情けない暮らしをしている私はこの流感を極度に恐れ、よほどの用がない限り人中を歩かないようにしていたし、よんどころなく市中を徘徊する仕儀となりし折りは帰宅後ただちに含漱・手洗いを励行するなど怠りなく予防にこれつとめてきた。

 にもかかわらず流感に罹ってしまった。
 原因ははっきりしている。
 三日前の午後、家に宅配便の配達に来た兄ちゃんが厭な鼻声だった。

 こいつ風邪を引いてるな、と思うから、顔を背けるなど用心していたのだ。ところが伝票にサインをする段になって、そいつがいきなり、「わっぴゃぴゃん」とくしゃみをした。

 そのとき冷静に顔を背ければよかったのだ。

 ところが流感を毒蛇のように恐れる私は思わず、

「ひっ」

 と悲鳴をあげてしまい、悲鳴をあげるということは口を開けるということで、その開いた口から侵入したのだ。

 症状は忽ち現れた。

 まず喉が痛くなって、全身がだるくなった。熱も出てきた。鼻の粘膜も痛み出した。
 

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読み終わると、タイトルの「真実真性日記」に対して、猛烈にツッコミたくなりますが、それはともかく。


(´・ω・`)


なんとなく、病気が出てくる匂いがして読み始めたの作品なのですが、半分くらいまでは、病気どころか、語り手の身体を感じさせるような描写すらほとんど見当たらず、脳内だけで出来事が推移していく印象でした。

身体がなければ、かかる病気はかなり限られます。見つからないかなあと思いつつ、でも面白いので、読み続けました。


そのうち、ぽつぽつと、身体感覚の描写が増えてきます。なんだか語り手が人間っぽい感じがしてきます。

でも病気のたぐいは、ストレス性の胃痛や、二日酔い、肩こりなど、ここに取り上げようかどうしようか、ちょっと迷うようなものばかり。

三分の二くらい読んだところで、「なんだか喉が痛いのは風邪を引いたのかな。なんだか熱っぽくもある」というのが出てきました。あ、なんだかヒトとしての全体像というか、全身の存在が見えたかも、と思いましたけども、風邪かどうか確定しないので、見送り。


その少しあとに、「心臓発作」で亡くなる人物が出てくるのですが、作中の物語で起きた事件であり、しかもその物語に出てくる架空の人物が避難所でいきなり阿修羅に変身したために驚いて亡くなったというので、取り上げるのはパス。


さらにそのあと、語り手が「健康を著しく害している」状態になるのですが、「なんとなく全身がだるくて終日倦怠感がある」という曖昧なもので、病名がはっきりしません。


じりじりしながら読み進めていると、かなりあとのほうで、いちばん最初に引用した「流行性感冒」にかかり、おー出た出た、と発見の喜びに浸りました。(何のための読書なんだか…)



私はほんとにダマされやすい人間ですので、かなりおしまいのところまで、語り手=作者だと思って読んでいました。

そりゃ、途中でだいぶおかしいとは思いましたよ。

近所の旦那さんがいきなり交差点に特攻して自殺したり、他人の店を成り行きで任されたかと思ったら胡乱な客に占拠されるままに放置して、火事出されてなくなっちゃったり。でも、町田康氏の日常はきっと、脳内的にはそんな感じなのだろうかと。

(身体感覚の描写が少ないのは脳内のみで展開する日常だからだろうと勝手にこじつけて読んでいました)



でも、面白かったので、よいと思います。


いちばん笑ったのは、「オンドレのボンゴレ」でした。
悪漢小説だそうです。

あと、表紙のブライスも可愛いと思います。はい。


















水野敬也 「LOVE理論」  (醜形恐怖)


LOVE理論 Kindle版
水野敬也  (著)




 《本文より》

 自分の顔が嫌いだった。

 朝起きると、いつも顔がむくんでいる。ただでさえ腫れぼったい一重まぶたなのに、それが余計に膨らんで見える。毎朝、鏡に映るのは、吐き気のするような顔だった。通学路で女とすれ違うときもうつむいて顔を見られないようにして歩いた。

 何度も病院に行った。「顔がむくむんです」と訴えた。しかし内科の医師は、決まって首をかしげるだけだった。それでも俺はしつこく、繰り返し通院した。最終的に一通の紹介状を書かれた。あて先には「心療内科」と書かれてあった。

 心理学の言葉で「醜形恐怖」というのがあるらしい。顔の一部に対して病的に執着する強迫観念の一種。まあそんなことはどうでもいい。とにかく俺はこうして、思春期を女とまったく話さずに過ごした。

Amazon 2016/09/12時点で、Kindle unlimitedに登録されています。読み放題です。
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恋愛指南の本なのですが、ドラマ化されていて、すでにDVDが発売されているとのこと。

これ。↓




不可能(全くイケメン要素のない学生が女性とつきあうこと)を可能にするためのテクニックが、怒濤のごとく語られています。

どれもこれも実践経験を踏まえてた「理論」で、すべてにリアルな納得感があるので、バカらしいと思いつつも、あっというまに読了してしまいました。


上の「醜形恐怖」の話は、怒濤の理論が語り尽くされたあとに、出てきました。

そして、その後には、作者のことをディカプリオに似ていると、本気で語る、けなげな彼女の話が綴られています。

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 顔がむくむという強迫観念に悩まされ、自分の顔に劣等感を持ち続けた七年間。一日たりとも自分の顔を恨まない日はなかった。しかし、そんな日々も、彼女の存在によって救われた。

 今から言うことは、この世界における、偉大な真実の一つだ。

 女は、好きになった男の全てを好きになる。
 ブサイクであっても、チビであっても、デブであっても、貧乏であっても、バカであっても、歌を歌えなくても、走るのが遅くても、女は惚れた男の全てを好きになる。

 これは俺たち男を取り巻く世界の、偉大なる真実だ。
 そして、もう一つ、この事実を付け加えておこう。

 この世の中には、キムタクよりお前のほうがカッコイイと言う女が必ずいる。

 それほどに、女は、自分だけの物差しで男を見ている。それが女という生き物なのだ。


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顔をあげて、出会うための努力を全力で行って、そういう愛情を手に入れなさい、という本でした。





※参照
太宰治「津軽」 (吹き出物)(ニキビ)


太宰治「津軽」 (吹き出物)(ニキビ)


太宰治「津軽」




《本文より》

私はこの吹出物には心をなやまされた。そのじぶんにはいよいよ数も殖えて、毎朝、眼をさますたびに掌で顔をなでまはしてその有様をしらべた。いろいろな薬を買つてつけたが、ききめがないのである。私はそれを薬屋へ買ひに行くときには、紙きれへその薬の名を書いて、こんな薬がありますかつて、と他人から頼まれたふうにして言はなければいけなかつたのである。私はその吹出物を欲情の象徴と考へて眼の先が暗くなるほど恥ずかしかつた。いつそ死んでやつたらと思ふことさへあつた。私の顔に就いてのうちの人たちの不評判も絶頂に達してゐた。他家へとついでゐた私のいちばん上の姉は、治のところへは嫁に来るひとがあるまい、とまで言つてゐたさうである。私はせつせと薬をつけた。


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上に引用した本文は、Kindle版(無料)の「津軽」。

それだと、ちょっと表紙がそっけないので、新潮文庫版の表紙の写真を上に貼らせてもらいました。


いじめられたわけでもないのに、ニキビが増えただけで、ここまで追い詰められる人生は、あまりにも息苦しいです。(´;ω;`)


物語のなかの「治」は、いささか自意識過剰のようにも思えますが、気持ちは分からなくもありません。こんな十代の子が近くにいたら、どう声をかけるだろうかと、考え込んでしまいます。


それにしても、ニキビが「情欲の象徴」であるという考え方は、1920年代当時、一般的だったのでしょうか。

私は聞いたことがありませんでしたが、鼻の下に出るニキビのことを、「スケベニキビ」というのだそうで、少なくとも四十年ほど前には、そういう考え方が出回っていたとか。ネットにも「スケベニキビ」についての記事が、たくさんあります。こういう迷信のせいで、からかわれて傷ついた子も、多かったのかもしれません。

他にもニキビや吹き出物のでてくる作品がないか、探してみようと思います。




※参照
水野敬也 「LOVE理論」  (醜形恐怖)







蒼井紬希「あやかし恋古書店 」  (記憶喪失)


あやかし恋古書店~僕はきみに何度でもめぐり逢う~ 
(TO文庫) Kindle版
蒼井紬希 (著), nineo (イラスト)


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《本文より》

 記憶喪失になった原因は、今から十五年前の交通事故のせいだった。ちょうどその頃、紗月の両親は離婚で揉めて、父が家に帰らない日が多くなっていたらしく、母が勤めに出ている間は、祖母に面倒を見てもらっていた。そんなある日、十歳を迎えた誕生日に紗月は一人で神社に遊びに向かった。その途中で、交通事故に巻き込まれたのだそうだった。

 病院に運び込まれたときは重体で、奇跡的に回復したものの、事故に遭った前日までの記憶がさっぱり思い出せなくなっていた。医師に詳しく看てもらったところ、脳に損傷はなく、後遺症は心配ないとのこと。最終的に、記憶の喪失については、何か心理的なものが作用して一時的に思い出せないのかもしれない、という診断が下された。

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切なくも、ほのかにハッピーエンドで終わるお話でした。


漫画や小説など、物語のなかでは頻繁にとりあげられる「記憶喪失」ですが、本書のヒロイン、紗月のように、事故以前の人生の全エピソードがごっそり消えてしまうような事例は、現実には、とても少ないのだそうです。

本書では、事故直後の紗月の生活について、ほとんど語られていませんが、どうやら失ったものはエピソード的な記憶だけで、言葉や生活習慣などについての知識は、残っていた様子です。


紗月は、物語のなかで、二度、記憶喪失を起こしています。

その失われた記憶のなかで、紗月はかけがえのない出会いをしているのですが、いろいろな事情……主に、「あやかし」的な理由のために、その大切な人物と過ごした日々の思い出を、全て失うことになります。

けれども、絶対に忘れてはならない「何か」があるということだけは、脳か魂かわかりませんが、紗月の無意識に深く刻まれていたため、それに導かれて、出会いが再現されることになります。


人は記憶だけでは説明のつかない何かを抱えていて、それが本人の意志を超えたところで、人生を動かすことがあるというのは、なんとなく誰しも感じていることでしょう。

その「何か」は、運命という言葉で言い換えることもできそうです。

意識される記憶や、自分の意志を超えたところで、大きな出会いの法則が働いていて、それによって思いもかけない新しい人生を歩み出すことになるというのは、現実の事情や記憶に縛られ、閉塞感の強い生活を送っている大人や子どもにとって、心引かれるテーマです。

だから、多くの記憶喪失の物語が生み出されるのかもしれません。










2016年9月10日土曜日

宮沢賢治「永訣の朝」 (結核)


『春と修羅』 Kindle版




永訣の朝


けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
     (あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
     (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛び出した
     (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまえはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
     (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ

(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをぢろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ


(うまれてくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあようにうまれてくる)

おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはいをかけてねがふ

(一九二二、一一、二七)


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宮沢賢治の最愛の妹であるトシは、肺結核に感染していました。

トシが亡くなったのは、1922年の11月。

みぞれが降っていたということですので、気温は零度前後だったのでしょうか。

北国の冬としては、まだ極寒とは言えない日だったろうと思いますが、とりつくしまもないような空の描写や、兄の悲痛な思いから、凍り付くような寒さが伝わってくるように思います。

そんな中で、命の火が消えようとしているトシだけが、燃えるような熱さを放っています。


「はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから」

「あああのとざされた病室の
 くらいびやうぶやかやのなかに
 やさしくあをぢろく燃えてゐる
 わたくしのけなげないもうとよ」



まるで、恒星の終焉を見るように、賢治は妹の命の終わりを見つめていたのかもしれません。



・・・・

抗生物質の普及によって、結核は過去の病気になったと思っていましたが、現在でも、HIVの次に死者の多い感染症であり、一年間に150万人もの人が亡くなっているのだそうです(wikiの記事より)。

日本でも、近年、発病者が増えて、毎年2000人もの人が亡くなっているそうです。

厚生労働省のサイトによると、 平成27年末現在の結核登録者数は44,888人なのだとか。この数字は、結核が過去の病気などではないことを、はっきりと伝えています。


結核が、悲痛な文学作品を生み出す原因になる時代が再来しないことを、心から願います。